打ち克つ

2020.04.07 Tuesday

すべてが、幻のように思える。

 

けれど、何度目覚めても、悪夢は終わらない。

 

ああ、そうだった。これが現実なのだと、我に返る。

 

 

朝は、ちゃんとやってくるのに。

 

空きらめく、鳥の歌声。

花は時を逃すことなく、静かに咲いている。

 

美しい。こんなにも、美しいのに。

 

 

なぜ。どうして。

ぐるぐると渦を巻き、とめどがない。

 

 

私たちは、この不安に呑み込まれてはならない。

 

すべては、一人ひとりの振る舞いにかかっている。

 

 

 

 

悲悔

2020.03.31 Tuesday

志村けんさんが、亡くなった。

 

信じられない。

 

信じたくない。

 

あまりにも急すぎる。あんまりだ。

 

 

子供の頃、「8時だョ!全員集合」を毎週楽しみに見ていた。

 

ひげダンスが大好きだった。

 

巨大な急坂を駆け登るコーナーが好きだった。

 

「志村どうぶつ園」で無防備に流す、優しい涙が好きだった。

 

どこか寂しそうな、愁いを帯びた目が、とても好きだった。

 

 

たくさんの人々を楽しませてくれていた人が、

こんな形で亡くなってしまったことが、残念でならない。

 

悲しい。

 

ただただ、悲しい。悔しい。

 

悔やまれてならない。

 

 

 

 

ともに生きる。

2020.03.11 Wednesday

ともに生きる。2020

 

 

3日ほど前だったか、早朝のNHKニュースで見たVTRのこと。

 

東日本大震災から9年。


漁港を背に佇むその人は、自分の気持ちを、こう答えた。

 

「この町は、ずっと海と一緒に、生きてきた町だから・・・」と。

 

それはなんというか、あまりにも自然に発せられた言葉だった。


まるで、その人の「呼吸」そのものみたいだった。

 

吐いては吸い、吐いては吸い、


その言葉は、潮香る大気となって、


海とともに暮らす人々の心を、片時も離れることなく支えているのだと、私は思った。

 

 

ウミガメの夜を抱く

2020.02.22 Saturday

ウミガメの夜に

 

 

先日の続きを、もう少し。
どうしても、書いておきたいことがあって。

 

小野正嗣さんの著書『九年前の祈り』には、表題を筆頭に4つの話が収録されている。


その2番目にあたるのが『ウミガメの夜』という話なのだけれど、
私は最初、これを読むのがとても苦痛だった。

 

産卵を終えたウミガメが、故意にひっくり返され、
仰向けになったまま、もがき苦しむ様子が、淡々と詩的に描かれている。

 

このエピソードがなぜ必要なのか、私には、まったく理解できなかった。
正直言って、嫌悪感すら抱いた。


もがき苦しむ「ウミガメ」は、私にとって「ウミガメ」でしかなく、
その描写があまりにも美しすぎるがゆえに、私は余計に腹が立った。

 

 

3番目の話に突入し、その中盤にさしかかったころ、
単独で成り立っているとばかり思い込んでいた4つの話が、
実はちゃんとつながっているのだということがわかり、
ウミガメの行く末にささやかな安堵を得ることはできたのだけれど、
それでも私は、どうにも合点がいかなかった。

 

なぜウミガメは、あんな仕打ちを受けなければならなかったのか。
再び読み返した後も、私はずっと、モヤモヤしていた。

 

 

なぜ。なぜ。
どうして、どうして・・・

 

 

ぼんやりと考えていたそのとき、私はまるで目覚めたかのように気が付いた。
我に返ったとは、まさにこのことだと思う。

 

 

・・・私だ。
あのウミガメは、私自身だ。
私そのものじゃないか・・・!

 

 

現実に背を向け、どこにも進むことのできないまま、
沈み込むように、一人、もがいている。


闇夜を仰ぎ、時間を遡ることしか、もはや考えていない。
遡ったところで、同じ過去を味わい、
この「今」に、再び戻ってくることしかできないのに。

 

 

そう思った瞬間、なんだか無性に、泣けてきた。

 

ウミガメが苦しみ、もがき続けたあの夜は、
人を捕らえて離さない、「孤独」そのものではないか。

 


私は、たどり着いた。
自分の確信に。

 

握りしめていた得体の知れない「不安」が、私の手のなかで
一瞬微笑んだかのように、愛おしく、きらめいたような気がした。

 

「青」背負う。読後の夢

2020.02.10 Monday

「青」背負う。読後の夢

 

 

窓の外。

 

はるか遠くに、白く陰った入り江が見える。

 

逆光に浮かぶ、大きな山のシルエット。

 

瑠璃の岩絵具を流し込んだような 濃い「青」が、
山の上に、どっしりと、のっかっている。

 

そんな、夢をみた。

 

 

もともと、山だったり星だったり、幻想的で壮大な夢をよくみるのだけど、
このところ、そういった夢を連日のようにみている。

 

それはきっと、小野正嗣さんの著書『九年前の祈り』を読んだからだ。

 

本の内容が直接的に反映しているのではなくて、
その「読後感」が影響しているように思う。

 


この作品を読み終えたとき、

私は何とも言い難い、奇妙な「心細さ」を抱えていた。

 

混沌とした夢から目覚めきれずに、

あやふやな記憶をずるずるとひきずっている感じ。


何か大切なものを失ってしまうような気がして、

この「不安」を手離すことができない。


いてもたってもいられなくなった私は、

もう一度確かめるように、ゆっくりと本を読み返した。

 

その心理は、夢のなかに消えゆく情景を、なんとか繋ぎ止めようと、
脳裏を必死に追いかけ、記憶を拾い集めようとする感覚にとてもよく似ている。

 

けれど繰り返し読んでも、私は得体の知れない「不安」を握りしめたまま、

どこにもたどり着くことができない。

 

全ては確かに繋がっているはずなのに、

気づけばいつの間にか、自分一人が、ぽつんと置き去りにされている。

 

そうなることがわかっているのに、私はそれでもなお、

幾度となく、この本を読み返したくなるのだ。

 

 

 

押し寄せるように、淡々と綴られる、憂いを帯びた文体。

 

容赦のない詩的な描写が、痛々しいほどに美しく、胸に突き刺さる。

 

自らの心に、深く沈みこむようなこの世界観から、

もう当分、抜け出せそうにない。

 

 


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