ともに生きる。

2020.03.11 Wednesday

ともに生きる。2020

 

 

3日ほど前だったか、早朝のNHKニュースで見たVTRのこと。

 

東日本大震災から9年。


漁港を背に佇むその人は、自分の気持ちを、こう答えた。

 

「この町は、ずっと海と一緒に、生きてきた町だから・・・」と。

 

それはなんというか、あまりにも自然に発せられた言葉だった。


まるで、その人の「呼吸」そのものみたいだった。

 

吐いては吸い、吐いては吸い、


その言葉は、潮香る大気となって、


海とともに暮らす人々の心を、片時も離れることなく支えているのだと、私は思った。

 

 

ウミガメの夜を抱く

2020.02.22 Saturday

ウミガメの夜に

 

 

先日の続きを、もう少し。
どうしても、書いておきたいことがあって。

 

小野正嗣さんの著書『九年前の祈り』には、表題を筆頭に4つの話が収録されている。


その2番目にあたるのが『ウミガメの夜』という話なのだけれど、
私は最初、これを読むのがとても苦痛だった。

 

産卵を終えたウミガメが、故意にひっくり返され、
仰向けになったまま、もがき苦しむ様子が、淡々と詩的に描かれている。

 

このエピソードがなぜ必要なのか、私には、まったく理解できなかった。
正直言って、嫌悪感すら抱いた。


もがき苦しむ「ウミガメ」は、私にとって「ウミガメ」でしかなく、
その描写があまりにも美しすぎるがゆえに、私は余計に腹が立った。

 

 

3番目の話に突入し、その中盤にさしかかったころ、
単独で成り立っているとばかり思い込んでいた4つの話が、
実はちゃんとつながっているのだということがわかり、
ウミガメの行く末にささやかな安堵を得ることはできたのだけれど、
それでも私は、どうにも合点がいかなかった。

 

なぜウミガメは、あんな仕打ちを受けなければならなかったのか。
再び読み返した後も、私はずっと、モヤモヤしていた。

 

 

なぜ。なぜ。
どうして、どうして・・・

 

 

ぼんやりと考えていたそのとき、私はまるで目覚めたかのように気が付いた。
我に返ったとは、まさにこのことだと思う。

 

 

・・・私だ。
あのウミガメは、私自身だ。
私そのものじゃないか・・・!

 

 

現実に背を向け、どこにも進むことのできないまま、
沈み込むように、一人、もがいている。


闇夜を仰ぎ、時間を遡ることしか、もはや考えていない。
遡ったところで、同じ過去を味わい、
この「今」に、再び戻ってくることしかできないのに。

 

 

そう思った瞬間、なんだか無性に、泣けてきた。

 

ウミガメが苦しみ、もがき続けたあの夜は、
人を捕らえて離さない、「孤独」そのものではないか。

 


私は、たどり着いた。
自分の確信に。

 

握りしめていた得体の知れない「不安」が、私の手のなかで
一瞬微笑んだかのように、愛おしく、きらめいたような気がした。

 

「青」背負う。読後の夢

2020.02.10 Monday

「青」背負う。読後の夢

 

 

窓の外。

 

はるか遠くに、白く陰った入り江が見える。

 

逆光に浮かぶ、大きな山のシルエット。

 

瑠璃の岩絵具を流し込んだような 濃い「青」が、
山の上に、どっしりと、のっかっている。

 

そんな、夢をみた。

 

 

もともと、山だったり星だったり、幻想的で壮大な夢をよくみるのだけど、
このところ、そういった夢を連日のようにみている。

 

それはきっと、小野正嗣さんの著書『九年前の祈り』を読んだからだ。

 

本の内容が直接的に反映しているのではなくて、
その「読後感」が影響しているように思う。

 


この作品を読み終えたとき、

私は何とも言い難い、奇妙な「心細さ」を抱えていた。

 

混沌とした夢から目覚めきれずに、

あやふやな記憶をずるずるとひきずっている感じ。


何か大切なものを失ってしまうような気がして、

この「不安」を手離すことができない。


いてもたってもいられなくなった私は、

もう一度確かめるように、ゆっくりと本を読み返した。

 

その心理は、夢のなかに消えゆく情景を、なんとか繋ぎ止めようと、
脳裏を必死に追いかけ、記憶を拾い集めようとする感覚にとてもよく似ている。

 

けれど繰り返し読んでも、私は得体の知れない「不安」を握りしめたまま、

どこにもたどり着くことができない。

 

全ては確かに繋がっているはずなのに、

気づけばいつの間にか、自分一人が、ぽつんと置き去りにされている。

 

そうなることがわかっているのに、私はそれでもなお、

幾度となく、この本を読み返したくなるのだ。

 

 

 

押し寄せるように、淡々と綴られる、憂いを帯びた文体。

 

容赦のない詩的な描写が、痛々しいほどに美しく、胸に突き刺さる。

 

自らの心に、深く沈みこむようなこの世界観から、

もう当分、抜け出せそうにない。

 

 

うたた寝のバレリーナ

2020.02.06 Thursday

うたた寝のバレリーナ

 

 

 

愛しき猫を 背にのせて
少女は 柔らかに 己を 包み込む


ともに とけゆかん
ほのかなる 眠りのとき

 

 

 

最後の数字

2020.02.01 Saturday

最後の数字

 

 

 

時折見る怖い夢というのが、まだ他にもいくつかあって、
その一つに、「電話をかける夢」というのがある。

 

正しくは、「電話をかけようとする夢」だ。

 

シチュエーションは様々だけれど、
とにかく私は、一刻も早く、電話をかけなければならない。

 

なのに、何度やっても、肝心の電話番号が押せないのである。

 

 

最後の1桁が、どうしても、押せない。


9桁まではなんとかいけるのだけども、最後の数字を押そうとすると、
まるで磁石の同極が反発するときのように、ぐわんっと、指がダイヤルからずれ、拒絶されるのだ。

 

 

焦れば焦るほど、指は絡まり、体も重たくなっていく。

 

ぬかるんだ奇妙な引力が、私を支配している。

 


押すことのできない、最後の数字。

 

ああ、怖い夢。

 

 

針拾い

2020.01.31 Friday

針拾い

 

 

確か学生の頃だったか、「針を拾う夢」というのを時折見ることがあり、
それがとても怖かった。

 

床一面に 無数の針が散らばっていて、
それを必死になって拾う夢。

 

針が刺さるのが怖いとか、そういうことではなくて、
「針を1本残らず、絶対に拾わなければならない」という、強迫観念の中に私はいる。

 

 

1本でも見落としたら、とんでもない事態を引き起こすかもしれない。

「誰か」が 怪我をしてしまうかもしれない という恐怖。

 

絶対に、見落としてはならない。1本たりとも。

 

拾うたびに、針が チクリチクリと、汗ばむ手のひらを刺す。

それでも私は、必死で針を拾いつづける。

 

 

ただそれだけの夢だったけれど、これが異様に怖かった。
目覚めるといつも、「ああ、怖かった・・・」と息をついたものだけれど。

 

はじまりの朝

2020.01.29 Wednesday

朝の女神

 

 

空に 祈りの 満ちるころ、 朝の女神は やってくる

 

山裾のドレス 光り くゆらせ

 

はじまりの ときを、そっと 告げゆく

 

 

しとやかに 目覚めたる 木々 草花


大地は 息吹に 薫り


姿なき鳥の歌声が  空へ空へと 湧き出でる

 

 

なんと美しい 朝の訪れ


遥か太古の 彼方から、絶えることなく 繰り返されし 軌跡


 

新しい朝が、今日も はじまる。

 

 

聡明なるユーモア

2020.01.20 Monday

私の中にあるイメージ

 

 

Eテレの「日曜美術館」が好きで、よく見てるんですが、
そこで司会を務めている小野正嗣さんが、最近すごく好きです。

 

小野さんが司会になったのは2018年からで、
私は当初、この方がどういった人なのか全然知らなかったので、
その一風変わったファッショナブルな風貌が、とにかくとても印象的でした。

 

横一直線に、ぴっちり切り揃えられた短い前髪。しゃれたスーツに丸眼鏡。
そう。それはもうまさしく、「レオナール・フジタ」の如し。
     
そんな出で立ちで登場したので、

なんか変わった人だな〜というのが第一印象だったわけなんですけども、
肝心の司会進行のほうはといえば、これが驚くほど自然体で全く嫌味がなく、
穏やかで率直なその話し方に、私はだんだんと、魅了されていきました。

 

感じたままを、シンプルにわかりやすく表現できる知的センスと文章力。
ものすごく淡々と話しているのに、どこか温かみがあって、柔らかで・・・
なんと言ったらいいのか、単なる聡明さだけではない、
人柄とでもいうべきユーモアがそこに感じられて、聞いていてとても心地よいのです。

 

番組を見るたびに、なんかいいな〜 素敵だな〜と、気になりだし、
それが昨日放送の回をもって いよいよピークを迎え、
いったいこの人は何者なのかしらと、スマホ片手に、いざ初検索。

 

その正体が「芥川賞作家」であることをようやく知り得て、ほえ〜!と思いましたが、
連なる華々しい経歴よりも、私がいちばんに感激したのは、
「日曜美術館」のインタビュー記事の中で語られていた言葉の数々です。

 

そこには、新キャスターとしての心境や芸術に対する思いなどが書いてあり、
それを読んだ私は、なぜ自分がこんなにも この人に心惹かれるのか、心底納得し、
なんだか無性に、とても、嬉しくなりました。

 


そんなわけで今日の絵は、私が抱いている小野さんのイメージを描いたものです。

 

なかなかに味わい深し・・・
相変わらずの自画自賛で、すみません。

 

 

感触

2020.01.14 Tuesday

ミカちゃんのお耳

 

 

ミカちゃんのお耳を触るのが好きです。
ビロードのようになめらかで、そして絶妙なやわらかさ。

 

ムニムニ、ムニュムニュ。
ぺたんとすると、まあるいお顔がさらに可愛くなって、たまりません。

 

いつものようにお耳をムニムニしていたとき、私はふと気づきました。

 

「この触り心地、毛布の端っこに似てる!」


子供の頃、私は毛布の端を縁取ってる部分の、あの何とも言えない感触が大好きで、
寝るときはいつも必ず、顔にすりすりしていました。

 

ミカちゃんのお耳は、さらにそれを超える心地よさ!
撫でられてるミカちゃんも、撫でてる私も、一緒にうっとり。

癖になる感触。最高です。

 

 

 

HAPPY CHU YEAR 2020

2020.01.03 Friday

HAPPY CHU YEAR 2020

 

 

年末の実感伴わぬまま、あっという間に新年を迎えてしまいました。

 

12年前にも、「HAPPY CHU YEAR」という賀詞を使って年賀状を作ったっけな。
なんて思いながら、描いた絵です。

 

歳を重ねるごとに、時の経つのがぐんぐん早くなり、恐怖すら感じる今日この頃。

 

限られた時間の中で、自分のやるべきこと、やりたいことに、
もっともっと真剣に、覚悟をもって向き合わなければなと思います。

 

 

 


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